旧星夜の雑記帳です。 主に趣味の事や子育ての事がダラダラと書き綴られます。 暴走する事もあるので閲覧注意(ぇ
スポンサーサイト
--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
東北地方・太平洋沖地震
2011年03月17日 (木) | 編集 |
こんにちは、星夜です。

2011年3月11日(金)14時46分に起きた巨大地震
【東北地方・太平洋沖地震】(The 2011 off the Pacific coast of Tohoku Earthquake)と、
それによる災害【東日本大震災(東北関東大地震など報道各社により呼称に差異有)】についての日記です。

まず、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。
無力な私には大した事もできず心苦しいですが、少しでも早い復旧と安息をお祈りしております。

以下、この大震災を忘れないための個人的なメモと考察になります。
稚拙なため一部ふさわしくない表現もしてしまうかもしれませんが、一切の悪意もなければ軽視もしているつもりもありません。

読み進んでいただける方は、以上ご理解の上でお願いいたします。


では続きへ…
---------- 再開 -----------

まず、当日の自分の状況をメモ。私は関東在住で無事です。

仕事場(出前配達)で昼食。店長は休みで他店からの応援社員さんとバイトの大学生くんと私。
▲2011年3月11日(金)14時46分、三陸沖で【東北地方・太平洋沖地震】発生。
最初の弱く長い揺れ。三人で「ちょっと長いですね~」と暢気。
そのうちガタガタと揺れ始め、外へ。

電柱と電線はグラグラと揺れ、隣の古いクリーニング屋さんに至っては倒れてもおかしくないくらいギシギシ言いながら建物の何かがポロポロ剥がれ落ちてきて。
とりあえず揺れが収まったら近所の皆、外へでてきてた。

とりあえず社員さんにガスの元栓閉めるのとラジオつけるの頼んで、周囲の安全確認。
家事も倒壊もなかったしバスも普通に運転再開してたから、ホッとして店内に戻る。


幸いお店は大きな被害もなく、電話もつながらないため今後の指示も店長や本社に仰ぐ事もできず。
とりあえず揚げ物用の機械の油が盛大にこぼれていたので、3人で掃除。

そしたら今度、また大きい揺れ。
▲11日15時06分頃 三陸沖   約10km M7.0 震度5弱
▲11日15時15分頃 茨城県沖 約80km M7.4 震度6弱

大きい揺れが立て続けにってとても怖かったけど、やっぱり火事も倒壊も停電もないから、とりあえず店内の片付け。
デリバリーの注文がくるけど断る。ちょっと何考えてるのって思った;
ガス栓閉めてるから調理も出来ないしね。また余震あったらデリバリースタッフが危険だし…

この頃、旦那から電話がかかってくる。まず無事と被害がほとんど無かった事を伝え、
「とりあえず上司的にはもう帰ろうって感じらしいから、交通機関がどうなってるか分からないけど帰宅するよ」と聞かされる。

とりあえず落ち着いたからガスの元栓を…と思ったら、もともと不調らしく、一回閉めたらガスが通らなくなるらしく。
社員さんが1hくらい四苦八苦してました。
私は、少し自宅が気になっていたけど、お店が大丈夫なら近所の自宅の被害は水槽の水くらいだろう。
そもそも社員さんがこんな状態でバイトくんを残していくのはかわいそうだし、家帰っても誰も居ないから何かあったら怖いし…と定時の5時まで勤務。

仕事をあがるまでにもう一回地震。
▲11日16時29分頃 三陸沖 ごく浅い M6.6 震度5強

とりあえず、スーパーはやっていたので予定していた買い物だけして帰宅。
…家の前の交差点に、おまわりさん?
コンビニが真っ暗で自動ドア開きっぱなしで店外に人が並んでる…??

お店から徒歩15分の自宅付近、停電;
冷蔵庫の中もほぼ常温だったから、最初の地震のときに止まったんだろうね。
そして自宅の最大の被害は水槽ではなく、汲み置きしてたバケツの水が零れていたこと。
あとは洗濯機の上の棚から液体洗剤のボトルが選択槽へ落ちてたり、食器棚の上の空き箱が落ちてたりしたくらい。
旦那が心配してたパソコンの本体は無事だった。

帰宅したときはまだ明るかったけど、このままだったら真っ暗になっちゃうからと、普段から用意してあった懐中電灯(小)をテーブルの上へ。
でも電池節約のために、物が見えづらくなっってからは携帯電話のライト機能を使用。
これは充電されてる電池パックの予備があったから。懐中電灯より明るいしね…

とはいえ停電したままだったら夕飯の用意もできないし、実家に避難を思いつく。
だけど電話はつながらないから、災害伝言板に登録。
お泊りの用意もして、旦那が帰ってきたら二人で移動しようと帰りを待つ。

▲11日17時41分頃 福島県沖 約30km M5.8 震度5強

旦那の親友で私の後輩な友達と近所の停電してない地域の幼馴染家族から電話がかかってくる。ちょっと元気が出た。

暗い中やることもなくて、携帯でmixiをつないで無事と停電をマイミクにい報告。
でもさすがに心細くなってきて、試しにメールをセンターに問い合わせ。…5件きてました。

父親2件、旦那1件、山形の親戚1件、友人から1件。
とりあえずそれぞれに返信。親戚からはすぐにレスポンスがあったのでお互いの家族の無事を伝え合う。

19時頃、父親からの返事催促のメール。
どうやらセンターで止まっていることに気づいていないらしく、弟にメール(バイト中だったらしいけど;)

20時、電気復旧。
しばらくして実家に電話を掛けて見たら運よくつながり、無事報告と、旦那が徒歩ということを伝える。

▲11日20時37分頃 岩手県沖 約30km M6.4 震度5弱

旦那から、同僚と徒歩で帰宅中とメールが入る。
父親に頼んで混んでいる大きい道を回避して裏道を通って旦那をお迎えに行く。

23時、とりあえず落ち着き、ニュースで津波の大被害を知る。



以後、前震から今日までにあった大きい地震と最大震度。
 
09日11時45分頃 三陸沖        約10km M7.2  震度5弱【前震とおもわれる】

11日14時46分頃 三陸沖       約24km M9.0  震度7 【東北地方・太平洋沖地震】

11日15時06分頃 三陸沖        約10km M7.0  震度5弱
11日15時15分頃 茨城県沖      約80km M7.4  震度6弱
11日16時29分頃 三陸沖        ごく浅いM6.6  震度5強
11日17時41分頃 福島県沖      約30km M5.8  震度5強
11日20時37分頃 岩手県沖      約30km M6.4  震度5弱
12日03時59分頃 新潟県中越地方 約08km M6.7  震度6強
12日04時32分頃 新潟県中越地方 約10km M5.8  震度6弱
12日05時42分頃 新潟県中越地方  ごく浅いM5.3  震度6弱
12日22時15分頃 福島県沖      約40km M6.0  震度5弱
12日23時35分頃 新潟県中越地方 約10km M4.4  震度5弱
13日08時25分頃 宮城県沖      約10km M6.2  震度5弱
14日10時02分頃 茨城県沖      約10km M6.2  震度5弱
15日22時31分頃 静岡県東部     約10km M6.4 震度6強
16日12時52分頃 千葉県東方沖   約10km M6.0  震度5弱


土・日と外出せず自宅で過ごし、月曜日。
電車が運休や通常の50%の頻度で運行するなどで旦那は通勤できず有給をとる。
後日、出勤は困難だったため(社長も来れなかったらしい)有給扱いにはしないとのお達しがきたとか。

火曜日。
私も地震後の初出勤。
やはり注文もあまりなければ仕入れも後手で、17時までのところ、13時にあがる。
ちょうど切れた牛乳を買おうとスーパーに行くも、米・卵・水・牛乳・パン・電池・ライト・ペーパー類などが全く無くて、驚く。
幸い、買い足しはマメにしているので数日の生活には困りませんが、スーパーの開店ダッシュを狙わないと買い物が出来ないんじゃ、仕事している人間しかいない家はピンチ;
買い物したいから半休くださいなんて、言えないよ…;;

そんな中、ツイッターでは「ヤシマ作戦」に引き続き「ウエシマ作戦」なるものが流行中。
「どうぞ、どうぞ」って、必要最低限以外のものは譲るんだって。
うちも最低限の買い物しかしてないけど、明日使うトイレットペーパーと、明日食べるお米は欲しいぞっ!

とか考えてたら、お店から電話。
仕事なさそうだから、悪いんだけど休みでもいい?って。

今週末は屋久島旅行を予定していてお休みをもらっていたのですが、その旅行もキャンセル。
一週間ニートになりました。

とはいえ、買い物に行ってもモノは無く…

被災地の方に比べたら、全く小さな問題なのですがね;;

計画停電も、みんなで節電を心がけていれば行わずに済むようだし、節約生活がんばろう!
関連記事
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。